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フロム0311・私たちの物語が始動しました!

仙台の市民出版レーベル、仙台文庫さまから、嬉しいお知らせが届きました!

東日本大震災の市民の記録を残すプロジェクトが、動き始めています。

フロム0311-東日本大震災と私たち-
http://0311.sblo.jp/

フロムゼロサンイチイチ、と読みます。
2011年3月11日に発生した東日本大震災を、市民の立場から記録し、伝え、新たな縁を結び合うためのウェブサイトとして立ち上げられました。
私たち「阪神大震災を記録しつづける会」も、その「縁」のひとつとして、活動をご一緒させていただいております。

また、東日本大震災をめぐる人々の経験を「語り直す」「書き残す」ことを主軸にした、実験的な活動がはじまっています。

私たちの物語ーーour story project
http://ourstory.jp/

私たちの物語のstory1は、当会にご連絡いただいたのが縁で、仙台文庫さまと繋がった石巻の中山奈保子さまです。
お子さんとの何気ないやりとりから伝わる、日常のなかに溶けこんだ「災害」の有り様が伝わってきます。

仙台文庫さまが中心となった活動に当会も賛同し、「震災の記録を残しませんか」とのタイトルで、記録収集の呼びかけ文を寄稿させていただきました。
仙台文庫さま、ならびにフロム0311に載せていただいた文章を、こちらにも転載いたします。
仙台のみなさまと一緒に、当会も歩みを進めていけたら幸いです。


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2011年06月17日

震災体験を書いてみませんか 「阪神大震災を記録しつづける会」から
 
いまから16年前のとても寒い早朝に、「大震災」と呼ばれる出来事が起きました。私たち「阪神大震災を記録しつづける会」は、公の記録が目に留めないような、ささいな体験を記録することを目標に、震災体験の手記集出版という活動を10年間行ってきました。

 なぜ、ささいな体験を記録する必要があるのでしょうか。

 少し遠回りになりますが、当会の発起人である、私の伯父の故・高森一徳から聞いたエピソードを紹介したいと思います。

 一徳の父、康夫は、1945年8月に軍人として広島市に入り被爆しました。晩年に被爆者手帳を申請しようと試みましたが、「当時その場にいたことを証明するものがない」とのことで、手帳の取得を半ばあきらめていました。自分が確かに被爆体験したことを証明するものはないか。康夫は当時、現在の「原爆ドーム」の側を流れている太田川の橋のたもとに書かれた言葉を思いだし、証言しました。「国破れて山河在り」。

 誰かがチョークで書き残したこの言葉は、数日で消えてしまったものでした。その証言が別の人の記録と合致し、被爆体験として認められ、被爆者手帳を受け取ることができました。ささいな記録、そして、いま残さなければ忘れられてしまうような記録が誰かの役に立つ。これが、わたしたちの活動の原点になっています。

 2011年3月11日に、「大震災」と呼ばれる出来事が再び起きました。震災にまつわるささいな体験は、徐々に色あせていき、忘れられてしまいます。忘れてしまいたい体験だから、書きたくもない。その気持ちに反してまで、書いてくださいとは言えません。ただ、あなたひとりのかけがえのない体験が、未来の被災者の心を支え、寄り添うものになるかもしれません。

 フロム0311の活動が、地元のみなさまの間に広がっていき、かけがえのない体験が記録されていくことを願っています。

阪神大震災を記録しつづける会・事務局長
高森順子
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